なんとなく思うこと ― 2020年03月19日 20:37
コロナウィルスがいつ収束・終息するかわからないのだけれど、今、全世界で起きていることを見ていると、もしかしたら、パラダイムシフトが起きているのではないのかと思うのだ。
パラダイムシフトをwikipediaで見ると、「その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。」
と書かれている。
と書かれている。
コロナウィルスの拡散によって、今まで人々が信じ、依拠してきた世界像が大きく変わろうとしているのではないかという感じがするのだ。
グローバルな市場によって支えられていた世界経済は、動かなくなっている。その一方で、グローバル経済によって汚染されていた地球は、浄化されつつある。
地球温暖化を危惧し、フライデー・フォーフュチャーで有名になったグレタが、飛行機を使わないで、ヨットで世界を移動したわけだが、今や飛行機で移動することはウイルスを運んでしまうとして、極端に減っている。
大量に人を運ぶ豪華客船もしかりで、これもヨットによる移動と比較すると何やら意味があるような気がしてしまう。
コロナウイスルが広まったのは中国からだけど、世界経済は、中国の経済発展に依拠しつつ、懸念もしていた。そして今広がっているのは、ヨーロッパとアメリカ、オーストラリアで、アフリカやラテンアメリカへの広がりは、今後どうなるかはわからないけれど、今のところはそれほどでもない。
これも、高齢化が進んだ先進国だからこそ、逆に高齢者の死亡者が増加する結果になっているような気がする。つまり、世界全体で見ると、発展途上国では、医療の恩恵を受けることができないので、平均寿命も長くない訳で、死亡者も少ないのではないか? ってことだ。
先進国と発展途上国が入れ替わりつつあるのではないかと思ってしまうのだ。
国は、税金で成り立っている。普通は、国民から税金を徴収して国家がなりたつわけだが、今は国家が給付金を国民に払おうとしている。国民の生活を支えなければ税収がなくなってしまうからだ。これも、今までいかに国家が国民の税金に依拠していたのかを、改めて考えさせてくれる。
人間社会の内的要因からではなく、人類が地球環境にもらたした影響によって、地球生態系が、人類に対してパラダイムシフトを促すために、コロナウイルスが発生したのではないのかなどと、思ってしまうのだ。
地球の営みの中において、国境はない。海は世界とつながっているし、川は国境になることはあっても、川自体は多くの国を流れていく。
地震だって、豪雨だって、国境で揺れが収まることもないし、雨が止むことはない。
今、各国は必死になって自国民を(あるいは自国の国家体制を)守ろうとして、国境閉鎖をしたり、入国規制をしたりしているわけだが、パンデミックになってしまったら、国は関係なくなってしまう。
コロナウイルスが今の世界経済や国家体制に何をもたらしているのかを、地球規模で一度考察してみて、今までの人間社会が犯してきて過ちやら矛盾点などを今後どうすれば良いのか、考えてみるひとつのきっかけとすれば良いのではないかとつらつらと思うのだ。
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