2018年 イタリア 10月編 その32019年08月09日 22:14

 ローマからペルージャに移動し、10月7日の平和行進に参加した。
 前日の夜には、ローマからペルージャ近郊の僕がいつも居候するアグリツーリズモに一泊して参加しようという友人たちもやってきて、30年以上ぶりの友人たちとも再開することが出来た。

 当日は、途中、通り雨があるような天気だったのだが、みんな楽しそうに、歩いていた。
 イタリアの現在の政治状況については、そのうちまた書こうと思うのだが、多くの心ある人々は、かなりの危機感を持っていると感じた。
 当時も今も、イタリアの政権与党は、5つ星運動とレーガの連立政権なおだが、レーガ(同盟)は、かつての北部同盟の流れを汲む政党で、移民排斥を強硬に主張している。
 そんな中で、この時の平和行進は。人権問題をテーマにしていた。
 行進の中で、中学生や高校生のグループが、昔懐かしい音楽を流していたのが印象に残っている。インティ・イリマニの「エル・プエブロ・ウニド・ハマス・セラ・ベンシード」なんて歌を歌っていたりして、オイオイって感じとちょっとコソバユイ気持ちとが交錯したりした。
 行進の途中で、昔の懐かしい友人たちとも会えたのが、なんといっても嬉しかった。
 後で、聞いた話なのだが、参加者の年齢層が、若者と年寄りに偏っていて、30代40代の年代は、多くがイタリアの失業率が高いため海外に出てしまっているからだという。
 EUが統合されてから、エラスムスという制度が出来て、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%82%B9%E8%A8%88%E7%94%BB
ヨーロッパの若者たちがEU圏内で移動できるようになったことが、失業率の高いイタリアから、海外へと若者が移動する大きな要因となっているようだ。
 確かに、英語を話すイタリア人の若者が増えているという実感は、僕も持った。
 若者の流動化が進むことは悪いことではないと思う。だが、その反面、失業率の高い国から若者が流失してしまうということは、この時、初めて知った。