2018年 イタリア 10月編2019年07月30日 20:41

 2018年1月に17年ぶりにイタリアを訪問し、既に関係性も切れているだろうし、言葉もかなり忘れているだろうと思っていたのだが、さにあらず、多くの友人たちが僕のことを覚えてくれていて(逆に僕のほうが忘れていた人たちもいたりした)、言葉も思いの外忘れていなくて(これはひとえにインターネットのおかげでもあるのだが)、すっかり味をしめてしまった僕は、同じ年の10月に再度イタリアを訪問してしまった。
 このときの主な目的は、ペルージャーアッシジの平和行進に参加することだった。
 アッシジは、聖フランチェスコ(日本ではフランシスコが一般的かも、英語で表記するればサン・フランシスコとなるわけだが)の生まれた街で、彼が設立したフランシスコ修道会は、日本でも知られていると思う。
 キリスト教のカトリックの中でも、フランシスコ修道会の位置は、ある意味独特で、清貧の思想がよく知られている。ウンベルト・エーコの小説「薔薇の名前」などにも登場している。
 フランチェスコは、鳥や花と話が出来たという話もあり、平和主義者でエコロジストだったなどと言われている。
 そして、ペルージャは、イタリアで最初にガンジーの非暴力運動をもたらした言われているアルド・カピティーニが生まれた街である。
 1961年にアピティーが、ペルージャーアッシジ間の最初の平和行進を行なっている。
 それ以来、数年おきに反戦平和の非暴力平和行進として、ペルージャーアッシジ平和行進は行われてきた。
 僕が最初に参加したのは、1985年の行進だったと思う。当時は、ヨーロッパに米軍のパーシングIIミサイルと巡航ミサイルが配備されることになっていて、軍拡競争反対をメインテーマとして平和行進が行われたと記憶している。イタリア全土から多くの人々が集まり、ペルージャからアッシジまでの24キロほどの道のりを行進したわけだが、イタリア語を覚えたての僕は、最後尾から一番最初までをどんな人たちがいるのか興味津々で、急ぎ足で歩いたのだが、それぞれのグループで交わされるイタリア語の方言を耳にして、自分が学んでいる標準イタリア語と随分と違うのだなぁと思った記憶がある。

 2018年10月7日に、第23回平和行進が行われるということを知って、久しぶりに是非参加してみたいと思ったのが、同じ年に2度もイタリアに行くことになるきっかけだった。